信仰未満憧憬以上

明るみ・パンチ

クソバイト放逸記

 拝啓、クソバイトをしていた。オチを言うと飲食店で二日働いてすぐに辞めた。今回のことで良く分かった。私って駄目方面の人だった。薄々気付いてはいた。社会に向き合う力が無い。そういうやつが労働に従事すると人を殺す確率が上がる。なぜか。常に曲芸をしているような時間が時給に換算されていると分かっているが、あー、金、金のためなら頑張れます。などそういった気概も無く、自分がやってる業務に興味を持てないと何もかもどうでも良くなり、当初の目的、金銭を稼ぐ。そんなのも全部どうでも良くなるから。なんか、例えば「いらっしゃいませ」とかマニュアル通り大声で言ってる最中、アホみてぇ、自分。と思ってしまう。

新人なのでレジにいましたが、客が退店するとき鳴る入店音のせいで実際には誰も入ってきていないのに厨房にいる店員が「いらっしゃいませ」と絶叫するときがある。 それを聞くたび え?アホやん……と思ってしまう。だって来てないじゃん、客。こわ。何でそんなことが起こるか。答えは簡単で、入店音を聞きながら作業に明け暮れている彼らはほぼ条件反射で絶叫しているからだ。

 やめちまえよ。

そんなアホみてぇな大声を店のために出すくらいなら道端で托鉢するか、正々堂々行き倒れた方が良い。自分が誰も入ってきていない店の入り口に向かって絶叫するところを想像してぞっとした。

そうかといって、ただ無気力に欝々と業務をこなすわけでもなく、例えば腹が立ったときに、はは、今に見とけ。どうせいつか破滅する身、自分の身に代えてもむかついた奴に傷をつけてやる。こういう思いがポッと出てくる。ポッと。問題はここ、この一矢報いてやる、の思いが強すぎる。外面は平静なのに、内心はおめぇ夜道に気をつけろや、顔覚えたからなと思っている。

最悪です。

 卑屈に追従できない。金を稼ぐ目的などすぐに忘れ、そもそもこんな店があるからじゃねぇか。今のこの苦痛は……と店を潰す方向に考えが飛ぶ。あはは、そうなんですよー。すいません。こういう発言が自動で出るときもある。虚無時などに。常人が堪えられる業務とそれに付いてくる会話に苦痛を感じ、取り繕い、その場を脱しても、あーあ、嫌になっちゃうなァ。こんな無害な思いには至らずに、ふとした瞬間に、

そや、果てはこんな店潰したればええ。それでチャラや。無、無に戻したろ。

こんなことを考えています。

浅野いにおの漫画に出てくる教師みたいな顔したクソオーナーに、通帳と十万円をポンと渡され、「これ今日振り込みしないと不味いんだ。悪いけど振り込んできてくれる?」

そう言われて、ふーん、と思った。マジで殺したろかな。嘘です。流石に盛りましたが、この時点で間違って手渡した商品の配達に行かされていたので、まぁまぁ腹が立っていました。えらい人を信用してる方なんやねぇ。捨てよ、何かむかつくから札束。で、極力札束を見ないようにぷらぷらと外に出て、いや自分、何とも思ってないですよ、を取り繕いつつ舗装された道を行く。十万て。そんな端金で、ねえ? 少しでも労働時間を減らすためにわざとゆっくり歩いていった。

 が、銀行に向かう道中、

金盗って、店に火つけたら、ダブルコンボで人生上がりじゃん、と犯罪者の考えが浮かんできた。逃走と擬態で人生をやってきている。逃走手段として店を潰し、さらに店を辞める。逃げの方法として、これってもしかして完璧じゃねぇか。

人が他人の札束を預けられたとき、思いつくことは、

①窃盗:盗む。

②ばら撒き:金を路上におもむろにばら撒き、人の反応を見る。

③廃棄:牛の飼い葉桶に札束を混入、牛に食わせる。

 大体この三つですが、この場合、入って二日目の新人に店の売り上げ金を任した時点で、これ、もしかして舐められてんじゃねぇか? そんな危惧を抱いた。

こいつなら、絶対盗まない。そんなことする度胸もなさそうだし。あはは、金任してみよ。あっ、やっぱり、盗まずに帰ってきたわ、は~、おもろ。そんなことをつらつらと思っていやがるんだろ? 分かってんだぞ、

クソオーナー。人間の叡智、あと犯罪、火。

 店から銀行までおよそ五分の道のりをぷらぷら歩いたあと、風間と人通りを見て店に火をつけた。

何か分からんが、とにかくよく燃えた。あかあかと火の粉が舞っていた。私は崩れていく店の前に立って「おー」とか言いながら、自分の持ち物全てがロッカーに入ったまま焼かれていってるなぁ、読みかけの本も燃えたなぁ。と十万を持ち出したまま駅に向かった。切符を買い、電車に乗った。   

 まだつるつるで新品のクソエプロンは駅のごみ箱に捨てた。ごみ箱は空になった日本酒紙パックに溢れていた。で、酒が飲みたかったのでパックの底にまだ酒がちゃぷちゃぷ残るパックを探して、ストローをとって飲もうかな、とまだ息のある酒パックを探し当て、ストローを抜いた。そんな真似するくらいならコンビニで新品の酒を買えばいい。けれど物を買う行為自体、バイトの店員からしなきゃいけないのであり、その子もクソ薄給でレジの前にぼーっと立っていなきゃいけないんだし、その業務の一環で皮膚が裏返るような屈辱を感じる瞬間があるのかもしれない。労働に関わる全ての物事に嫌悪と哀れみがあった。

そしてその嫌悪と哀れみの眼差しのなかに数時間前まで私も居たのである。

 逃げ場所がない。あっちにもこっちにも店がある。切符代で十万を切った有り金がポケットの中にある。ぐしゃぐしゃになっている。別に家には帰りたくないし、行けるところは友達の家しかない。

 友達の家は海の近くにある。電車は海に面して走る。車窓から灯台の光がぐおんぐおん回っているのが見えた。連絡しようにもスマホも燃えちまっている。友達はヒップホップと深夜徘徊が好きなので、多分こんな夜でも起きているでしょう。つか、起きててくれないと困る。私はこれからする行為によって労働から完全に逃げ切る。友達の家へ急いだ。インターホンを押した。

「私、私、△△△、私だよ、開けて」

友達は「は?」とか言いながらTシャツにカーディガンを羽織り、チノパンを身に着けて戸口へ出てきた。

「え、○○じゃん」

「うん」

「どしたの、こんな夜に」

「元気?」

「元気だよ」

「へー、良かった。これあげるわ」

「なに?」

「いや金」

「金?」

「盗んだわ、何か」

「は?」

「じゃ、」

 会話を済ませ、友達に盗んだ金を一方的に渡して足早に去った。金もねぇし最早どこにも帰れない。遂にやってしまった。人生に対してえげつないガゼルパンチを。

私が今まで△△△に贈った物はリップグロスと盗んだ金の二つだけ。最後のプレゼントはなかなか趣味が良かった。盗んだ金。私はもう誰からも何かを買うことがなく、そして何にも与えなくていい。人を殺して、金を盗んで、その金も手放して社会の埒外に立っている。 真っ暗な浜で嬉しくて踊り狂っていた。すると、足に何かが当たった。恥も外聞もなく狂喜乱舞していたので、後ろに「うおぁお」と転倒した。ぶち切れながら足元を探るとどうやら瓶に足がかかってすっころんだようだった。

手探りで瓶の蓋を開くと何かがぐしゃぐしゃになったようなものがある。月あかりに照らす。握り潰された紙が瓶の底にへばりついている。

そのとき、サーチライトが私を照らした。バッ。目が焼かれたようになり、のたうつ私の見てくれは完全に狂人、内側も違えず狂人、気がつけば複数人に取り押さえられていた。点滅する視界の端に瓶のなかの赤字の「ひとごろし」という文字が見える。まぁ、そうしてる内にあれよあれよとパトカーに乗せられて、えぇ、今は独房に居ります。

 いつだかバイトの面接前にはじめてクレーンゲームをやって、ゲンガーを2回で取れたとき、人生が開いたような気がした。ゲンガーを入れた袋を持って、運と目測でぬいぐるみを獲得できる自分には生きる能力があると思った。あれはまさしく正反対。あの時、私は人生から降りたのであった。事実、クレーンゲーム後に受けたバイトは落ち、受かった別のクソバイトは三日と続かず店を燃やした。

友達、友達はあの金をどうしたか。まぁ、もうどうでもいいか。

 独房の小さな窓に青いセロハンを張ると、目覚めたときに海に居るようで、私は部屋の中で日がな一日ぽやんとしている。