信仰未満憧憬以上

明るみ・パンチ

初夏にして君を離れ

 私がよく使っているアプリのメモ帳には昨日までマックの求人広告が表示されていた。何らの社会性もないたわごとを書き連ねているメモ帳に笑顔と大声が求められる求人が出るなんて誤ってると思う。チカチカうるせぇなあ、働けねぇよマックでなんかさあ、と逃げるように広告を人差し指で隠していた。最近は中盤でうんこを握りつぶして色に倫理に狂っていく男女の小説を読んで生きていた。これくらい狂いたい。そう格好つけたけれど、私の「狂う」という言葉は何の熱も持たず、空気に上滑りしていった。

 年金支払いを差し止める葉書の、効力のない片一方を持って来てしまった。ポストの前に佇んだ。自転車から降りた男子高校生が17時過ぎの郵便局のガラス戸に触れていた。しまってますよ、と声をかけたい気持ちを飲み込み、散乱したリュックサックの内部を漁った。手続きに必要な葉書はない。男子高校生は暗い郵便局を不思議そうに眺めていた。手のひらで触れても自動ドアは開かない。再度リュックを漁って、ふと振り返ると彼は居なかった。たぶん私と彼は同じくらい世間知らずだったろう。往生際悪くポストを見つめていた私と違い、彼はとてもうまく立ち去った。

 最近知り合っていい感じになった女性に過去のことを聞かれた。じゃーもしあたしを殴りたくなったら二つのバットを合わせて殴ってと言われたので、名案ですね。でも殴りたい時は抱きしめるようにします、というか殴りません、怒ったら距離取りますから、と返したら返信が来なくなった。

 鉄分が不足して怠い身体を落ちていく夕陽に向けて歩かせ、どうしてあかんのやろうと瞬きをした。あかんほどにやることが溜まっていた。恋もうまくいかなくなった。やることをやって、それで空いた時間にぷらぷら出来る、そういう物好きが赦される時間はとうに過ぎていた。

 友人Aは神様に恋をしていた。祈りに見返りを求めたとき、信仰ですらうまくいかなくなった。気まぐれに寵愛を受けた幸福な女の子に「あたしには何もないのに、ちょっとくらいくれたっていいじゃないか」と泣いて怒っていた。あなたは何にも失ってない、と宥めていると「生理が来て血が出たら涙も出てきた」とメッセージが来た。私はトイレで膝を抱えて震える友人を想像した。便器の水面にAの経血が滴っていた。私は魚を逃した気がした。白鯨ほどの珍しさはないが、銀色の美しい鰯だ。Aの血の塊を拾おうと便器に手をかざした。魚はどぷんと逃げた。腹が痛い、とAが泣いていた。生理が来る身体で、私はあの人にもう一度産んでほしかった。おっさんに。あの人が私の温かい胎だった。どうしてどうして恵まれた娘にもあの人は優しいの。私が一番ふこうなのに。どうしてどうして。私たちは堅実に暮らす可愛い女にどうしてなれんのだろう。おかしいということは免罪符には全然ならないよね。スマートフォンに絞り出すように話しかけるとAが唸った。しんでやる。Aは鼻の詰まった声で言った。あいつに傷ついている素振りなんて見せないまま、いつも通り媚を売った翌日に死んでやる。世間を捨てるということは、世間に捨てられるということだ。顔に刺青を入れたパンクロッカーは、世間を捨てている。そして俺を捨ててくださいと表明している。私はセックス・ピストルズをうまく歌えなかった。ある日とつぜん2年間好きだった女に馬鹿にされていることに気づいた。分かりにくい侮蔑だった。この曲が一番好きなのと教えられたseventeenを聴けなくなった。パンクロッカーじゃないから出来た恋人を抱きしめたかった。Aと私にとって彼と彼女は唯一の世間だった。恋人だと思った人と些細なきっかけでうまくいかなくなることが、世間に捨てられるのと同等の意味を持つのは私とAが弱いからだ。歩いていると静かに桜が散っていった。散りゆく花びらをせめて掴もうとして果たせなかった。

 ちかちかするマックの広告を人差し指で隠していれば、それで良かったと思う。それなのになぜか最近、私に墓を購入させようと目論む広告がでるようになった。ぶっ殺すとメモして、墓の帯広告を見た。Aは片想いを潰した彼女の友人に空元気で振る舞っているらしかった。

綾波レイがさ、シンジを守ろうとするのおかしいよね。シンジは強いから死なないのに。レイはさ、あなたを守るんじゃなくて、私は私が守るものっていうべきだったんだよ」

でもそれじゃあ話にならなかったの。私にも観客にも物語が必要だったの。舌ったらずな笑い声が聞こえて通話が切れた。最もだと思った。

 最悪なのは三十万たらずで墓が買えることだった。

 ゲイのことをホモ、レズビアンのことをレズという知識人が含まれる集団に、人の話が頭に入ってこないんです、たぶん気狂いだからーとへらへら打ち明けた日から本当に人の話が聞けなくなった。右から左へ言葉が流れていくようになった。ある知識人に「素直に」という言葉を指導内容に組み込まれ、五時間経って、夕なずむ部屋で女の子からの連絡を待ちながら、素直さは関係ないだろうがと腹が立った。何らのやる気もなく、恋とかそういう感情で二週間ほど腑抜けになっていた私は、それでも彼女を恨めないでいた。

 何がいけなかったんだろうと考えた。

 私はコンビニで有り金全てをおろした。コーヒーメーカーの隣にあったはずの自殺予防ホットラインの冊子が無かった。私は遊ばれていたのかもしれない。彼女はちょっとおかしかったから、私が言った睦言の始終をある日唐突に吹聴するかもしれない。

 ある日、バイトが終わったら死のうと思っていた。この労働を終えたら死ぬのだからと考えるとすべてがスムーズにいった。他人の葬式を運営しながら、なぜか脳裏で彼女を抱いていた。パシリと頬を叩くとシーツに顔を押しつけて嬉しそうにした。制服を脱ぎながら、この女は私が夜の海に呼び出しても来てくれると思った。葬儀場を出て、駅に向かって十メートル進んだとき、荒れた海の飛沫を浴びながら困ったように笑う女は「ほんとに来たんだ」と頬をかいた。何もできずに手を繋いでいた。バイトを終え、現実の彼女から送られてきたYouTubeのリンクを見て、雨の寒さと風の強さが怖くなった。死ぬのはこんな日じゃなくてもいいかと呑気に考えた。暖かくなったら死ぬ覚悟があるのかと問われれば、いいえと答えるだろう。いつかねえ、恋を埋葬するハメになってもいいの。Aはそんなことを言っていた。私は目をつぶって三十万の墓を買った。

火事場の周辺

 死にます・死にます・死にますで見事にビンゴを達成してしまう日がある。今日だ。私は布団の中で目を見開く。ヒアーミーアウト。聴ききれよ。脳のひとつひとつの溝に紫色の煙が充満して、油切れのブリキ人形のように身体ががたつき、地球を破壊する有害物質とともに自分の名前がモントリオール議定書に書き連ねられる。


 世界を破壊する手段の一つに、オゾン層を全部破壊してしまうっていうのがある。それでようやく知る。太陽が燃えているから、私たちは生きなきゃいけない。永続の意思を持って。続かないことを知りながら。生きるのは悲しいですね、と誰も口にしない。Sさんはノートパソコンをかろうじて落下しないぎりぎりの場所に置き、用意してきた言葉を喋りまくりながら、しきりに貧乏ゆすりをしていた。

 定形句を諳んじるような律儀さで発せられる彼の回りくどい口癖をここには書くことができない。なぜならあの人は多分に検索魔で自身の言葉が誰かに借用されていないか、ということに厳しいと思うからだ。チック・コリアの死を私は彼からのLINEで知った。あきまへんよね、死ってやつは。訃報のメッセンジャーとなって悲しくないのですか。好きだったのですか。という緑色の吹き出しに「崇拝していた」と返信が来た。

 三ヶ月延滞している本を図書館に返すことがここ最近の私の使命になりつつあった。カート・コバーンのポスターに重ね貼りされた糊つき付箋のメモ内容をまいにち目に入れながら、電話が来たら私はカウンターに向かうでしょう、と誰かに詫びを入れ、20ページくらいしか読んでないフロイトの夢判断をぱらぱらめくって最初の下りはやっぱ昼ドラみたいやよね、とのんきに思った。

「返してくださいよ。今すぐに」

 借りを?

 ぬかるむ雪溶けが道路一面に広がる暖かい日に電話があった。受話器を取ると、催促しているというよりは、なんだか悪霊を祓うために祈るような、職務をこなしている気概を感じる声がしたので、延滞者として安心して「はい、すいまへん」とだけ答え、今すぐ向かうことを告げた。奇妙に聖女っぽい声だとわたしが喉を枯らしていると、見計ったようにガチャリと電話は切れた。私が学業みたいなことをしているだけで、借金が膨れ上がる身分だということを看破し、数年越しに電話をください。腎臓を売り、マグロ漁船に乗ってでもあなたの今すぐに答えてみせますからね。

 やはり延滞者と催促者として出会ったのだから、後年もそれは続くべきですよね。などと妄想しながら私は三冊の本をリュックに入れ、家を出た。

 去年の今頃は疫病流行りはじめで、家にこもっていたため狂気のやりどころが無く、気と嗅覚が如実におかしくなり、青空を区切る電線と手のひらを交互に見つめ、自分の労働意欲を示す手相がついに繋がってしまったことに絶望していた。嗅覚もイカれ、疫病流行りの町という事実と消毒液散布という空想があほみたいに連結し、所用でバス停に佇んで消毒くせえ町だなあ、と宙を睨みながら足元の雪にかかとで穴ぼこを作っていた。

 誰も踏み入っていない新雪を思い描きながら早春のどろどろした瓦礫みたいな雪に足を取られて跪くように転んだ。冬は儚げな季節への期待として到来し、春はうつくしかった物への失望とともに来る。歩いているときに考えていることをどうしても忘れてしまう。塀のように固められた歩道沿いの積雪を指でなぞりながら、掴み取ったものを丸めて平熱で溶かして歩いていた。向かいから歩いてきた爺さんが子供を見るような目で一瞬こちらを見つめ、狭い道を通り過ぎた。

 ジョジョラビットという映画で、WW2の敗戦をジョジョが灰の降り積もる街に呆然としながら知ったように、そこら中の通りがよごれた雪で埋め尽くされている二月、私は廃墟となった図書館にたどり着いた。戦火を逃げ惑ったのちにジョジョは美しい幻想の親友ヒトラーと訣別する。私はいつかの夏に図書館が燃えればいい、とつよく願ったことを思い出していた。さようなら、と私は言った。

 図書館が人知れず燃えたのは新年明けてすぐのことだったらしい。延滞者が自宅で持て余していた書籍以外は全部燃えてしまった。消毒を目的とした図書館焼却といううわさが流れたが、新聞には続報が無く、探っても栓のないことだった。とにかく焼け跡に電話線を引いて司書たる彼女は待っていた。

 消毒液の散布で白塗りになった骨組みに、返却された本を立てかけて彼女はおっくうそうに笑った。急拵えの仮設建築の薄暗がりの下で、マスクをしているのに安堵したみたいに漏れた笑い声を指で抑える仕草がいっそう彼女を律儀そうに見せていた。Sさんが「もう目が覚めなかったらいいのにと思う日もありますが、」と前置きをして喋りまくっていたことを思い出し、モントリオール議定書が議決されてる音を無視して私は、チック・コリアのおすすめ曲はspain、聴きやすいらしいです、と最近返却されたというモダンジャズの延滞書籍を指差した。

 

 


グリーン・ホーネットの斎場

部屋で自分の死体を発見した。おはようからおやすみまで7年間慣れ親しんできた肉体はとっくに・かなり昔に・完全に失われていた。

今から7年あと、7年前、まぁどっちでもいいが、とにかく7年ほど前に不幸にも死んでしまった俺は、ポリ袋に入ったくにゃくにゃした自分の死体をゴミ捨て場に文字通り死に体で持っていった。どんな時でも冷静であるってことは良い事だよな。そうだよな? 全部燃えちまえと思った。自分の死体を片づけるなんて、それだけで天国に行けるはずだ。死体を紙袋に押し込んで、足と腕がはみ出た部分をポリ袋で隠しながら、てくてく歩いていって、今日が資源回収日であると知った。

殴打痕なし。柵条痕なし。その他目につく傷は見当たらない。

そうかよ。じゃあせめて資源になれ、と念じてカラスの視線を気にしながら死体を、間違って出されているパックやティッシュなどで詰め詰めになった他家のごみ袋の下方から引き出し、資源にするためにまた自宅前まで念仏を唱えながら歩いて行った。一瞬でこれでは駄目だと思った。  

資源回収トラックに死体を持って行ってもらうには自宅と歩道の境界線上に死体を置く必要があるけれども、死体をそんな目のつく場所に置いたら、近隣の住民が気付く。三面記事に乗る。見出しを飾る。  

そもそも正気の沙汰ではない。でもいいかぁ。と私は思った。だってもう肉体失われちゃってるし。俺は死人であるわけだから。

間違った方向に舵を切ってから、遭難したことに気付きながら足を止めずへらへら笑い、いつか落ちていた割りばしを拾って破滅に焦がれていたことがあった。壊れる前にすべてぶっ壊すことが誠実さの証であると愚かにも信じていたし、それは実際、そのように為された。一つの欠品にも似た信仰が、好きだった女をうっかり殺してしまった。こう言えば意味深長に聞こえるだろう。それとも君は心が無いって憶測にこだわるかな? 俺は、その女の金を拝借して泣きながら寿司を食いに行った。痴情の果てに彼女は額と口から血を流し、仰向けになって死んでいた。愚かだった。こういう言い方をしても赦してもらえないだろう。それでも一つだけ言わせてもらえるなら、これは俺の体内で起きた殺人だから安心してほしい。

ほとぼりが冷めたころに墓へ出向き、墓石を蹴り倒し、ローション相撲に着想を得て、ガソリンスタンドから拝借した灯油で墓場全体をかなりぬるぬるにした。やけっぱちのダンスパーティってやつさ。自殺志願者の踊りに変わりなかった。そんで7月初旬に痰を吐いて捨てていたおっさんの歩きたばこを原因にして、先祖代々、あまねくすべての人々に、脈々と受け継がれてきた墓と遺骨は灰燼に帰した。死者の安息が乱され、もう一度焼かれた骨が吹き荒れて灰が降りゆく草原で、俺はこれに爆笑した。 

脱皮しない蛇が滅ぶことを知っていても全然構わなかった。怖くなんてなかった。

可哀想におっさんは乳首まで焼けてその辺の草むらで呻いていた。

地獄みたいな光景だった。

いつか逃げ込んだ独房にも満たない2階建ての小屋で、窓から金色に輝く麦の穂が風に吹かれるに任せて倒れ伏していくのを見ていたことがあった。まだ生きていた彼女は絞り出すように「もう怖くなんてなかった」と言った。

怖くなんてなかった。

利き手は銃弾で潰されていたし、やりきることが難しい逃走劇に身を投じていた。とにかく彼女は復讐に自分で決着をつけた。これ以上好きにさせなかったってことだ。何回にも及ぶ延長戦を狙いすましたファウルでやり過ごし、やってきたツーアウト満塁。それを三振で終わらせるようなヘマをやるよりは、一発で美しい死体になる。追手の銃弾の砲火で、あるいは、殺しきれなかった殺人者の撃った一発の弾丸で。

レミングは海に飛び込んで全員死ぬんだからさ。

「あんたはレミングなの?」

向かいの子供が捨てていったアホみたいに泣き散らかす黄色い哀れなチキンが、そんなことを「ギャガガァ」の母音に込めて俺に喋った。

 

じゃあ燃やすかぁ、しょうがないし。と地の果てまで死体を引きずりながら歩いていき、世界の果ての火葬場にたどり着いた俺は、陽が落ちて暗緑色になった隣の空き地をふと見た。マジの人魂が見えた。人魂は科学的に説明がつくとか言うけど、あれは嘘。火葬場の隣の敷地にマジじゃない人魂が見えるか?見えるわけねぇだろ。すべての魂は青い。俺が見た人魂も青かった。

怯えながら葬儀場の中の自販機でペプシを買って一息ついた。喪服を着た美しい女がいつの間にか傍らに立っていた。死体があるとはいえ、死亡を証明する書類が無いので公的な施設では自分の死体を燃やすことができない。そう俺が言うと、女は

「もらいにいきなさいよ」

とだけ言って、カツカツとヒールを鳴らしながら斎場に去って行った。最もだと思った。 

役所に死体を担いでいき、発行書類を下さい。と長机の向こうの椅子に腰掛けている男の黒縁の眼鏡の奥を覗き込むと、妙な怯えの色があるのでその黒目に映る姿をさらに覗き込む。背中に担いであるはずの死体が映っていない。それで俺は、もうずっと第三者の目から確実な保証を得られる見込みのない幻想に囚われていることに気が付いた。この幻はいつか俺を殺すが、それまでは延命させてくれる。いつからこうだったんだろう、とも思った。一言も発さず俺は、立ち尽くして死体の重みを確かめていた。待ちぼうけていることが、誠実さを示す一つの手段になることがある。俺はずっと待っていた。それこそ七年間。だが何にも改善する様子がなかった。ここにはその手立てすら無いのだとわかった。死体の二の腕が冷たかった。

 死亡証明書ください。

その言葉が俺の口から出たのか、死体から出たのか最初は分からなかった。男の眼鏡が漫画みたいにずり落ちて、口から泡を吹いて気絶寸前のところまで行った。それは死体が口をきいたことを示していた。俺は決定的な破滅を待っていたと思う。でもそれは訪れることが無いのだと公式に告げるように、しずかに一枚の紙が手渡された。

 緩やかに終わっていけ、とその書類には記入されていた。あなたの墓までの道のりが、願わくば穏やかなものでありますように。

 ちょっと読んで酷い文章だと思った。意味のない言葉遊びだ。それは絶対に祈りではない。祝福の言葉でもない。でも悔しいことに呪詛にしては舌触りの良い言葉だった。さらばオマンコ野郎、もしくは死んでしまったグリーン・ホーネット。お前は確かに英雄だった。青い魂を持つ俺の英雄だ。

世界の果てから俺は、飽き飽きするほど通ってきた道に戻ってきた。分断された町に。電車と線路の手を借りなければどこにも行けないような。この街ではセミすら鳴きやしない。微動だにせず、その場で耳を澄ませても車のエンジン音と、知らん子供の声しか聞こえない。あぎゃぎゃ、失っちまった。そう叫びたくなったので道端に捨てられていたチキンを俺は拾った。悲鳴みたいに鳴きわめくので、俺もその音に紛れて泣けそうだった。

そして俺の死体は燃えた。

 

生きていて失った輪郭を再び際立たせるのが痛みであるように、死体が心臓を止めたとき、毛の先からつま先まで及ぶ0.2秒ほどの幻肢痛がある。存在全体の幻肢痛だ。あの死体がまさに死んだとき、生まれた幻肢痛は俺だった。だからか知らないが、魂と空気の接地部分がたまに痛む。痛覚が痛みを感じるか? 答えはYESだ。俺はこの先いろいろなことに向き合わなきゃいけなくなるだろう。でも痛みは痛みなりに上手くやる方法を見つける。痛みが襲う前に鎮痛剤を2錠飲むとかね。おそらくきっと多分。

パチモンのグリーン・ホーネット、人を救う術を知らないまま英雄になろうとしたあいつがスイスアーミーマンみたいに特に役立つことのない死体だったらいい。悪童の改心は寂しいからだ。ピノキオの鼻だって使いようはあったはずだ。解かれなくて済む呪いを俺は生きたいと思う。

灰はあの墓場に捲かれた。おっさんの乳首は再生して、ポロシャツの下からうるさいくらい透けている。焼野原になった墓場で八月初旬に痰を吐いているところを見かけた。おっさんは、自分の吐いた痰を2秒ほど見つめていたが、すぐにヘルメットをかぶりドラッグストアに向かって、スクーターで走っていった。

笑いながら生きる

 ある日、道端に割りばしが落ちていて、私はとっさにそれを拾った。箸を忘れたから、弁当が食えない。コンビニエンスストアで要らん物を買って、割りばし貰わなきゃ、箸、箸。例えば、プリンと割りばし。ゼリーと割りばし。あ、割りばし下さい。こんな風に、主食、副菜がそろってんだから、店員が面食らうような組み合わせを会計時言わなきゃいけねぇ。大変だよ、また今日一日が始まる。敗走。猫背で陰気にそんな日常の些事を考えている時、雪上に誰かが示し合わせたように割りばしが鎮座していた。あ、割りばし。家と駅の中間地点に落ちていたそれは、望んでいたものが何の脈絡も無く手に入ったという点で、この世の外から来た物体に思えた。チェーホフの銃。日常における割りばし。小説世界を作り出す作者は、文中でわぁわぁ喚いている登場人物に対して、大半は鞭。面白くなるから人参を鼻づらの前に吊り下げられてひんひん走る馬にさらに鞭を入れて、様々なハードルに鳴き、あるいは狂うかして必死に走る馬に酷い仕打ちを行うが、たまの温情に、切望しているものをぽっ、と与えたりすることがある。それは破滅の始まりなんだけど、現実に生きる人と同じように、俯瞰図で人生を観れないキャラクターは、むちゃむちゃに喜びますよね。それか困惑する。何らかの反応をする。で、私の場合、割りばしが雪上に落ちててめちゃくちゃ嬉しかった。おーすげぇ、はは、マジじゃん。そう思って拾い上げて最初に、開封されていないか確かめました。使用済みじゃないかどうか。今読まれててアホじゃん、とか、うわ、とか思われたかもしれないけど、状況と動機がそろってたら、人間何でもするよ。知らんけど。

そういえば、この前、殺したい奴を何の気なしに指折り数えてみたところ三十五人でした。怖いね。何で規模がスクールバス一台分かっつうと、やっぱり血縁を持つ者、確執を持った者、それらが居た場所に居た者、私は根が優しいから、人に殺意を抱いた原因、過去に関係する人たち全員を葬り去って、安全で風光明美な風景がある場所で生きていきたい。もしくは死んでいきたい。そんな思いがあります。そういうわけで都井睦雄に同情覚えて、「津山を超えていけ」とか言って、星野源 恋の替え歌を歌ってたんだけど、途中で「睦雄を超えていけ」の方が語感的に良かったな、と反省しました。その時通報されて、警察来て、黙秘権と弁護士立てる権利あるよ言われてめんどくせと思って押し黙ってたら、独房に引っ立てられて、数日間そこで過ごしてたんですが、なんか移送?だとか言うそうで、護送車の中でこの文章も口述筆記してもらってます。あと、好きな食べ物と宗派を聞かれて困った。人肉 無宗教なんて絶対言えへんやん。あっ、言っちゃった。あー、言っちゃいましたね、今。

 独居房の中では、馬鹿野郎、俺をお前を傷つけた奴を全員赦すな。殺す。代償を支払わせる。今、今日、ここで。ねっ。と犯罪を犯した人たちを手放しで擁護するような考えに囚われながら夜が明けていきます。でもやっぱり、この滅茶苦茶な世界で自分が血みどろになって掴み取った論理に従って誠実に生きていこうとすれば、もしくは試合に負けても勝負に勝ちたい、そう強く希求してしまったら、殺人の二文字に突き当たるような気がする。愛と殺人、言葉も出ないような事態に遭遇した時、その瞬間に敗けながらなんとかして今勝つために、全員殺して、夜明けを待ちながら暗く笑うような。

 ねっ、みんなもそう思うよねっ。

 私の場合、落ちていたのが猟銃や日本刀じゃなく、割りばしだっただけで、この私を斜視の裸眼で観察している世界の枠外にある人が居るとしたら、私が人を殺す。殺す。そう望んだら、包丁を二月の雪が積もる路上に落としていくんじゃないか。初回はお安く割りばし、次回ご利用時、ナイフ、包丁。そんな時が来るんじゃねぇかな、と思いながら私は私の世界に登場した割りばしを法則に従って利用した。割りばしの意味は、破滅の招来。やはり割りばしは未開封だった。新品のそれは、コンビニエンスストアで買われた弁当と袋に入っていたところを、人間の不注意で積雪が何度も踏みにじられた歩道に転落したものと思われ、なんの瑕疵も無く私のために存在していた。というかアホじゃないと落ちていた割りばしなんて使わないと思うから、割りばしと私は救い救われの共依存に近い関係にあったと思って、好きだよ、割りばし。これからも一緒に居ようね。とほくほくしながら鞄に放り込んで後生大事に持ち歩き、昼食時に使用しましたが、拾った物を使って麺を啜ると、拾い食いしてるみたいで終始気持ち悪く、何か割りばし自体カビくせぇし飯を食いおわったら其処に何の情も無かったので、ごみ箱に強めに叩き込んで捨てました。告解は以上です、あっ、着きました?

クソバイト放逸記

 拝啓、クソバイトをしていた。オチを言うと飲食店で二日働いてすぐに辞めた。今回のことで良く分かった。私って駄目方面の人だった。薄々気付いてはいた。社会に向き合う力が無い。そういうやつが労働に従事すると人を殺す確率が上がる。なぜか。常に曲芸をしているような時間が時給に換算されていると分かっているが、あー、金、金のためなら頑張れます。などそういった気概も無く、自分がやってる業務に興味を持てないと何もかもどうでも良くなり、当初の目的、金銭を稼ぐ。そんなのも全部どうでも良くなるから。なんか、例えば「いらっしゃいませ」とかマニュアル通り大声で言ってる最中、アホみてぇ、自分。と思ってしまう。

新人なのでレジにいましたが、客が退店するとき鳴る入店音のせいで実際には誰も入ってきていないのに厨房にいる店員が「いらっしゃいませ」と絶叫するときがある。 それを聞くたび え?アホやん……と思ってしまう。だって来てないじゃん、客。こわ。何でそんなことが起こるか。答えは簡単で、入店音を聞きながら作業に明け暮れている彼らはほぼ条件反射で絶叫しているからだ。

 やめちまえよ。

そんなアホみてぇな大声を店のために出すくらいなら道端で托鉢するか、正々堂々行き倒れた方が良い。自分が誰も入ってきていない店の入り口に向かって絶叫するところを想像してぞっとした。

そうかといって、ただ無気力に欝々と業務をこなすわけでもなく、例えば腹が立ったときに、はは、今に見とけ。どうせいつか破滅する身、自分の身に代えてもむかついた奴に傷をつけてやる。こういう思いがポッと出てくる。ポッと。問題はここ、この一矢報いてやる、の思いが強すぎる。外面は平静なのに、内心はおめぇ夜道に気をつけろや、顔覚えたからなと思っている。

最悪です。

 卑屈に追従できない。金を稼ぐ目的などすぐに忘れ、そもそもこんな店があるからじゃねぇか。今のこの苦痛は……と店を潰す方向に考えが飛ぶ。あはは、そうなんですよー。すいません。こういう発言が自動で出るときもある。虚無時などに。常人が堪えられる業務とそれに付いてくる会話に苦痛を感じ、取り繕い、その場を脱しても、あーあ、嫌になっちゃうなァ。こんな無害な思いには至らずに、ふとした瞬間に、

そや、果てはこんな店潰したればええ。それでチャラや。無、無に戻したろ。

こんなことを考えています。

浅野いにおの漫画に出てくる教師みたいな顔したクソオーナーに、通帳と十万円をポンと渡され、「これ今日振り込みしないと不味いんだ。悪いけど振り込んできてくれる?」

そう言われて、ふーん、と思った。マジで殺したろかな。嘘です。流石に盛りましたが、この時点で間違って手渡した商品の配達に行かされていたので、まぁまぁ腹が立っていました。えらい人を信用してる方なんやねぇ。捨てよ、何かむかつくから札束。で、極力札束を見ないようにぷらぷらと外に出て、いや自分、何とも思ってないですよ、を取り繕いつつ舗装された道を行く。十万て。そんな端金で、ねえ? 少しでも労働時間を減らすためにわざとゆっくり歩いていった。

 が、銀行に向かう道中、

金盗って、店に火つけたら、ダブルコンボで人生上がりじゃん、と犯罪者の考えが浮かんできた。逃走と擬態で人生をやってきている。逃走手段として店を潰し、さらに店を辞める。逃げの方法として、これってもしかして完璧じゃねぇか。

人が他人の札束を預けられたとき、思いつくことは、

①窃盗:盗む。

②ばら撒き:金を路上におもむろにばら撒き、人の反応を見る。

③廃棄:牛の飼い葉桶に札束を混入、牛に食わせる。

 大体この三つですが、この場合、入って二日目の新人に店の売り上げ金を任した時点で、これ、もしかして舐められてんじゃねぇか? そんな危惧を抱いた。

こいつなら、絶対盗まない。そんなことする度胸もなさそうだし。あはは、金任してみよ。あっ、やっぱり、盗まずに帰ってきたわ、は~、おもろ。そんなことをつらつらと思っていやがるんだろ? 分かってんだぞ、

クソオーナー。人間の叡智、あと犯罪、火。

 店から銀行までおよそ五分の道のりをぷらぷら歩いたあと、風間と人通りを見て店に火をつけた。

何か分からんが、とにかくよく燃えた。あかあかと火の粉が舞っていた。私は崩れていく店の前に立って「おー」とか言いながら、自分の持ち物全てがロッカーに入ったまま焼かれていってるなぁ、読みかけの本も燃えたなぁ。と十万を持ち出したまま駅に向かった。切符を買い、電車に乗った。   

 まだつるつるで新品のクソエプロンは駅のごみ箱に捨てた。ごみ箱は空になった日本酒紙パックに溢れていた。で、酒が飲みたかったのでパックの底にまだ酒がちゃぷちゃぷ残るパックを探して、ストローをとって飲もうかな、とまだ息のある酒パックを探し当て、ストローを抜いた。そんな真似するくらいならコンビニで新品の酒を買えばいい。けれど物を買う行為自体、バイトの店員からしなきゃいけないのであり、その子もクソ薄給でレジの前にぼーっと立っていなきゃいけないんだし、その業務の一環で皮膚が裏返るような屈辱を感じる瞬間があるのかもしれない。労働に関わる全ての物事に嫌悪と哀れみがあった。

そしてその嫌悪と哀れみの眼差しのなかに数時間前まで私も居たのである。

 逃げ場所がない。あっちにもこっちにも店がある。切符代で十万を切った有り金がポケットの中にある。ぐしゃぐしゃになっている。別に家には帰りたくないし、行けるところは友達の家しかない。

 友達の家は海の近くにある。電車は海に面して走る。車窓から灯台の光がぐおんぐおん回っているのが見えた。連絡しようにもスマホも燃えちまっている。友達はヒップホップと深夜徘徊が好きなので、多分こんな夜でも起きているでしょう。つか、起きててくれないと困る。私はこれからする行為によって労働から完全に逃げ切る。友達の家へ急いだ。インターホンを押した。

「私、私、△△△、私だよ、開けて」

友達は「は?」とか言いながらTシャツにカーディガンを羽織り、チノパンを身に着けて戸口へ出てきた。

「え、○○じゃん」

「うん」

「どしたの、こんな夜に」

「元気?」

「元気だよ」

「へー、良かった。これあげるわ」

「なに?」

「いや金」

「金?」

「盗んだわ、何か」

「は?」

「じゃ、」

 会話を済ませ、友達に盗んだ金を一方的に渡して足早に去った。金もねぇし最早どこにも帰れない。遂にやってしまった。人生に対してえげつないガゼルパンチを。

私が今まで△△△に贈った物はリップグロスと盗んだ金の二つだけ。最後のプレゼントはなかなか趣味が良かった。盗んだ金。私はもう誰からも何かを買うことがなく、そして何にも与えなくていい。人を殺して、金を盗んで、その金も手放して社会の埒外に立っている。 真っ暗な浜で嬉しくて踊り狂っていた。すると、足に何かが当たった。恥も外聞もなく狂喜乱舞していたので、後ろに「うおぁお」と転倒した。ぶち切れながら足元を探るとどうやら瓶に足がかかってすっころんだようだった。

手探りで瓶の蓋を開くと何かがぐしゃぐしゃになったようなものがある。月あかりに照らす。握り潰された紙が瓶の底にへばりついている。

そのとき、サーチライトが私を照らした。バッ。目が焼かれたようになり、のたうつ私の見てくれは完全に狂人、内側も違えず狂人、気がつけば複数人に取り押さえられていた。点滅する視界の端に瓶のなかの赤字の「ひとごろし」という文字が見える。まぁ、そうしてる内にあれよあれよとパトカーに乗せられて、えぇ、今は独房に居ります。

 いつだかバイトの面接前にはじめてクレーンゲームをやって、ゲンガーを2回で取れたとき、人生が開いたような気がした。ゲンガーを入れた袋を持って、運と目測でぬいぐるみを獲得できる自分には生きる能力があると思った。あれはまさしく正反対。あの時、私は人生から降りたのであった。事実、クレーンゲーム後に受けたバイトは落ち、受かった別のクソバイトは三日と続かず店を燃やした。

友達、友達はあの金をどうしたか。まぁ、もうどうでもいいか。

 独房の小さな窓に青いセロハンを張ると、目覚めたときに海に居るようで、私は部屋の中で日がな一日ぽやんとしている。

崖にいる馬鹿

いつか春の嵐吹き付ける草原ですべての正気を失う安堵

 

光満つ車内でぼくはヒーローかひとしく赤が流れる皮膚は

 

約束が散らばり果てる続・聖書燃してしまえばあたたかな街

 

かじかんで霞む視界の暗きことついぞ何にもなれないままか

 

祈りなど届いたことがあったかよ朝の六時を閉ざす空隙

 

一切というとき我は含まれぬ垢まみれの湯を排水に捨つ

 

雄鹿ども奈良公園の便所前あの日無力に穿たれた雌

 

祖母亡くし墓ばかり立つ家系図を焼いた明朝ガーベラは凪ぐ

 

恥いれば重なるおれら他の家が刻む野菜と同じ断面

 

赦してと君居ぬはずの午後三時さいわいと書く殺しちまえよ

 

ざあざあと雨降る神のふりをするお前を救えぬ俺でも良いか

 

無能でも良いよ午後九時のロードショーには関係ないよ

 

夭折の天才詩人目指すから君よ来世は葬式に来て

 

あかあかと火は降るきみの慟哭の代わりに焼けるかつての市街

 

いく末を知らないままの僕たちにバルーンシップをひとつください

 

なじられて人間である君の笑みまぶたの裏にまた映してる

 

喪失をまだ花置かぬ花屋にてよくある話の終わりなんてさ

 

祀られる君を眺めて日が暮れる夕焼け小焼けで帰る家など

 

愛犬にやる花枯れたガーベラに水をかけても戻らぬままだ

 

白さほど正しいものは無いものな電灯はつかない夜に満ちる空域

 

いつまでもそんな砂丘を知っている壊れゆくまで透明な城

 

手つかずのケーキに犬歯の跡残るやっぱ葬式あげなきゃだめだ

 

彷徨った千日分を捧げます平凡な身体に星よどうかよだかの

 

ストローを噛みしだいてるベランダの橋本にゃーよ君は笑えよ

 

たましいを塗したパンだカルシウム多すぎんだよ君が死ぬから

 

コーヒーを飲み干せぬまま俺たちは砂糖を入れる術を知らない

 

脅迫文オレあの時のまんまだよこのままだと世界滅ぶよ

 

生まれない春たちよ僕はただ生きる力が欲しくからからと鳴る

 

祝祭の風船浮かぶ河原にて閉店セールのチラシを拾う

 

さようならなんて言えずに青い鳥いま焼き捨ててしまったような

 

宗教だ僕を救って人殺し春待つときすら何も持たずに

 

指先を擦り合わせても灰が落ついつか真白に鳥たちの午後

 

春に待つ夜すら暗く一匹の犬がリードに繋がれている

 

春に待つ夜すら暗い隔たれた犬のリードに鋏をあてる

 

きみという人でも本来肉の身の何も違えず回るモーター

 

怖いのはどちらであるか死人にも自壊した日の夕焼けがある

 

おまえがでっかくなるから念のため有刺鉄線張ってんだけど

 

日が差さぬ部屋にて果実を齧らんと滅亡前夜に植えた木の

 

馬鹿すぎて愛だったのか血で濡れた爆薬だから俺は死なない

 

海峡を剥いだ大きな手の内に破するまで一つの墓標立つ

 

信じ切る朝なく暮れるアザミの葉千枚敷くも兄は帰らず

 

沸いている鍋の外部でひとりきりせめて夜へと紛れるために

 

裏道に銀の当たりはかすかに光る他家の明かりが灯る夜

 

切れかけの電灯ぬるい温野菜ある日突然町が燃えれば

 

眠らずに数千の旗打ち立てるおまえが生きてるだけで良かった

 

いっせいに肉断ち切れる毎朝の線路にいつも叫びが残る

 

街の灯は灯らず我を捨ててゆくなべて向日葵焼かれた空き地

 

隣室にきみの虚言がそのまま在りただ光るだけの無用な愛が

 

偽物の春が離別を告げる午後ポインセチアが右手で揺れる

 

≪おれは負けたよ≫裏路地の柔らかい死体両手でなぞる

 

じゅんぐりと発狂してく解けてた糸はそのまま水路に浸る

 

線路にも柔く光は飽和して散らばる肉を拾えず生きる

 

そしてまた春の破たんに呼びかける青い空とかやめてください

 

エンドロールを差し替える全ての犬が荒野に駆ける

 

それじゃあねさよなら前にお別れを蝋燭が灯ったままのケーキみたいに

 

殺すから波に消されるまで殺意 海辺まで来て血だらけのまま

 

あの日みた星はセロハンの黄色 夜空はきみを救わなかったね

 

縊死後の夏に通り雨降る助けてって言え悲しいって言え

 

犬用の足洗い場になるんだよ来世できっと犬を愛せる

 

破断した指から砂が零れてくどこにも行かない約束するよ

 

ベランダの端に裸足で立つ君はミッキーマウスのマーチを謳う

 

草原に死体が二つ並んでた五月中旬の刀傷沙汰の

 

坂道を諦めながら下ってく全部が過去になるから何だ

 

あの部屋は舞台だったね真人間演じるための居場所だったね

 

アンドロイドになったって何?何も言わずに脳移植すな

 

弱いんだ肉を介していちゃ駄目だ永遠に俺はここにありたい

 

初夏にいて絶えず祈りを捧げてる誰も知らない暗いところで

 

何だって起こり得るからこのボタン押して俺が死ぬとこ見てて

 

爆破するために集まるデパートの窓のトンボとかなり目が合う

 

嘘だらけの人生だけど愛してる破滅したってここにいるから

 

朝焼けの夢の波止場で待っている途上とわかっていてもなお

 

破断した花束いっしんに拾う壊れたっておれのじゃないかよ

 

海望むしるしにハマナス噛みながら街を去りゆく葬列として

 

終わってく仇花だから燃やしても綺麗だ庭に火の粉が舞って

 

アパートに兄は喪服を置き忘れ春の向日葵われを見下ろす

 

人でなし星になるため焼かれてる出棺の日に空が青くて

 

何百の嘘と一緒に埋められる君が歌った「アダウン、アダウン」

 

髪ゴムのように命を無くすひと青葉の青も知らないままで

 

風呂場にて影が落ちゆく春雷に血まみれで問うあの人はどこ

 

花籠は逃げていきたい君のため一番ホームにぶちまける花

 

このまま俺と祈って死のう陽が届かない部屋に藁を敷くから

 

何羽もの鳩と失踪した姉が幻肢となって痛み出す夏

 

クジラほど大きな死骸持ち帰り水草と燃す降霊失敗

 

暗がりに立って笑った君だった露文学読めないなんて嘘だったねぇ

 

灰かぶり五月は火事に向く季節きみの死体と東京に行く

 

いつの日か燃えていこうと約束を滅びていないだけだよずっと

 

深夜バスに手足伸ばせる場所もないつまりは無能だったんだろう

 

どうしても手に入らないものがある私の怒りと関係なしに

 

死んじゃった後に快晴今すぐに破滅したくて駅を燃やした

 

晴れ間にも影が差すなら幸福を知らないままで死んでもいいよ

 

きっともう通ること無き道にいる「今度」と言って君は海見る

 

歯の欠けたあなたがくれた中古品カメラで滲んだ夕日写す

 

この街の南外れの質屋では欲しい手紙が売られています

 

ぼろぼろの納屋にスコップ立てかけるロケットだと思うまだ働く

 

殴っても殺しても海 痛かった染みる目だけどあなたが見えた

 

迷わずに枯れゆく花を手折る朝あたしは死んでなんかやらない

 

誠実な言葉としての張り手なら鳩時計の鳩頽れている

 

朝を待ちながら温める無精卵みんな死ぬのね楽しかったよ

 

朝焼けに火傷痕ごと血は透ける多分生きてるだけで勝利だ

 

いつの日か死んじゃうけどね愛してる♡油性で描いたホワイトボード

 

廃ビルのトイレで吐血してたんだ三千万と犬が欲しくて

 

線路まっすぐ伸びていく身の内を焼いて白線内側に立つ

 

そしてみな残光の向こう燃えている明るい場所にオールが浮かぶ

 

明日から生きていこうよスーパーのトマトと白菜妙に安いし

 

持ってるのすべてお前に挙げちゃおう夜の六時の地球岬

 

ゆき果てた白ばかり持つあらかじめ失うなんて器用だきみは

 

ゴルゴダの丘で歌えずうつむいて楽しいことがこんなに痛い

 

川辺の石を蹴る仕事だと聞いてはいますいるのだけれど

 

死なないよ獅子はそこらで愛し合う投げ落とされた闇夜の底で

 

配管に汚水が通る雨音に交じり流れる血潮があって

 

ごみだめに朝露光る春にいるうつぶせに花びら握りしめ

 

行きついた正しい夜半ベランダに用途不明の縄があること

 

神様として死ななきゃならないあの人を何もできずに見ている

 

幸福でないような午後100日も水やらぬ花枯れずに残る

 

誰もみなガーゼを腕に押し抱きひとり手背に針を刺されて

 

告発が世の中全部を支配するお前に天使の責務を課して

 

雨粒の頬流るる庭つちくれに埋め直された跡があり

 

まぼろしを見ていた春の砂丘からどこにも行けず幸せだった

 

仄暗き夜に折られる枝のごときみの末路を誰も笑うな

 

斜光差す一番線に遺書が降るあの日廃した天使の責務