信仰未満憧憬以上

明るみ・パンチ

笑いながら生きる

 ある日、道端に割りばしが落ちていて、私はとっさにそれを拾った。箸を忘れたから、弁当が食えない。コンビニエンスストアで要らん物を買って、割りばし貰わなきゃ、箸、箸。例えば、プリンと割りばし。ゼリーと割りばし。あ、割りばし下さい。こんな風に、主食、副菜がそろってんだから、店員が面食らうような組み合わせを会計時言わなきゃいけねぇ。大変だよ、また今日一日が始まる。敗走。猫背で陰気にそんな日常の些事を考えている時、雪上に誰かが示し合わせたように割りばしが鎮座していた。あ、割りばし。家と駅の中間地点に落ちていたそれは、望んでいたものが何の脈絡も無く手に入ったという点で、この世の外から来た物体に思えた。チェーホフの銃。日常における割りばし。小説世界を作り出す作者は、文中でわぁわぁ喚いている登場人物に対して、大半は鞭。面白くなるから人参を鼻づらの前に吊り下げられてひんひん走る馬にさらに鞭を入れて、様々なハードルに鳴き、あるいは狂うかして必死に走る馬に酷い仕打ちを行うが、たまの温情に、切望しているものをぽっ、と与えたりすることがある。それは破滅の始まりなんだけど、現実に生きる人と同じように、俯瞰図で人生を観れないキャラクターは、むちゃむちゃに喜びますよね。それか困惑する。何らかの反応をする。で、私の場合、割りばしが雪上に落ちててめちゃくちゃ嬉しかった。おーすげぇ、はは、マジじゃん。そう思って拾い上げて最初に、開封されていないか確かめました。使用済みじゃないかどうか。今読まれててアホじゃん、とか、うわ、とか思われたかもしれないけど、状況と動機がそろってたら、人間何でもするよ。知らんけど。

そういえば、この前、殺したい奴を何の気なしに指折り数えてみたところ三十五人でした。怖いね。何で規模がスクールバス一台分かっつうと、やっぱり血縁を持つ者、確執を持った者、それらが居た場所に居た者、私は根が優しいから、人に殺意を抱いた原因、過去に関係する人たち全員を葬り去って、安全で風光明美な風景がある場所で生きていきたい。もしくは死んでいきたい。そんな思いがあります。そういうわけで都井睦雄に同情覚えて、「津山を超えていけ」とか言って、星野源 恋の替え歌を歌ってたんだけど、途中で「睦雄を超えていけ」の方が語感的に良かったな、と反省しました。その時通報されて、警察来て、黙秘権と弁護士立てる権利あるよ言われてめんどくせと思って押し黙ってたら、独房に引っ立てられて、数日間そこで過ごしてたんですが、なんか移送?だとか言うそうで、護送車の中でこの文章も口述筆記してもらってます。あと、好きな食べ物と宗派を聞かれて困った。人肉 無宗教なんて絶対言えへんやん。あっ、言っちゃった。あー、言っちゃいましたね、今。

 独居房の中では、馬鹿野郎、俺をお前を傷つけた奴を全員赦すな。殺す。代償を支払わせる。今、今日、ここで。ねっ。と犯罪を犯した人たちを手放しで擁護するような考えに囚われながら夜が明けていきます。でもやっぱり、この滅茶苦茶な世界で自分が血みどろになって掴み取った論理に従って誠実に生きていこうとすれば、もしくは試合に負けても勝負に勝ちたい、そう強く希求してしまったら、殺人の二文字に突き当たるような気がする。愛と殺人、言葉も出ないような事態に遭遇した時、その瞬間に敗けながらなんとかして今勝つために、全員殺して、夜明けを待ちながら暗く笑うような。

 ねっ、みんなもそう思うよねっ。

 私の場合、落ちていたのが猟銃や日本刀じゃなく、割りばしだっただけで、この私を斜視の裸眼で観察している世界の枠外にある人が居るとしたら、私が人を殺す。殺す。そう望んだら、包丁を二月の雪が積もる路上に落としていくんじゃないか。初回はお安く割りばし、次回ご利用時、ナイフ、包丁。そんな時が来るんじゃねぇかな、と思いながら私は私の世界に登場した割りばしを法則に従って利用した。割りばしの意味は、破滅の招来。やはり割りばしは未開封だった。新品のそれは、コンビニエンスストアで買われた弁当と袋に入っていたところを、人間の不注意で積雪が何度も踏みにじられた歩道に転落したものと思われ、なんの瑕疵も無く私のために存在していた。というかアホじゃないと落ちていた割りばしなんて使わないと思うから、割りばしと私は救い救われの共依存に近い関係にあったと思って、好きだよ、割りばし。これからも一緒に居ようね。とほくほくしながら鞄に放り込んで後生大事に持ち歩き、昼食時に使用しましたが、拾った物を使って麺を啜ると、拾い食いしてるみたいで終始気持ち悪く、何か割りばし自体カビくせぇし飯を食いおわったら其処に何の情も無かったので、ごみ箱に強めに叩き込んで捨てました。告解は以上です、あっ、着きました?